
1853年7月8日、ペリー提督が黒船で浦賀に来航し、日本に開国を迫った出来事は、歴史の大きな転換点として知られています。
その折、ペリーは歓迎の席で日本側にウイスキーを振る舞い、さらには110樽ものウイスキーを献上したと伝えられています。
当時の「強制的な贈り物」は、やがて日本独自のウイスキー文化を花開かせ、現在では世界的な高評価を受ける数千億円産業に成長しました。
そんな逸話を紹介したある投稿がX上で話題となり、外国人たちからも様々な声が寄せられています。
以下にその投稿と海外の反応をご紹介します。

・1853年の今日、ペリー提督が日本を開国させるために江戸湾に来航。
ペリーは歓迎の席で日本側にウイスキーを紹介し、その後、110樽を天皇に献上した。
今や日本のウイスキーは、数千億円規模の一大産業にまで成長している。
・細かいところまで気を配って「Whiskey」と「Whisky」を正しく使い分けてるのに感心したよ
・ウイスキーはいつだって最高だ。そして最高のウイスキーはアイルランド産!
・それはまさにスコットランド人の言い分だな(笑)
・まさに「第一印象で好感度MAX」の例だな
・この投稿、チームのグループチャットにも「火曜の朝の挨拶」として送ったよ。同じ画像も使ったw
・アメリカ海軍はいつだって先陣を切る。海の上でも陸でもな!
・数年日本に駐留してたけど、イタリアのお菓子でもアメリカのウイスキーでも、日本人が好きになれば、それを超えてくる。いや、超えるというより「完璧以上」に仕上げるんだ。本当に恋しい国だよ ❤️🇯🇵
・もしニミッツ提督の1945年の来航を、1853年のペリーを覚えてる人が見てたとしたら面白いよな。まあ当時は子どもだったとしても、日本人の長寿を考えたらあり得なくはないかも
・サントリーってジムビームの親会社なんだぜ?だから超多くのブランドを支配してる
・その成功に、俺も少しは貢献できたと思ってるよ

・その後、米海軍が禁酒になったのは他国の海軍にとっては超朗報だったな。アイスクリームと引き換えに酒の交流ができたからw
・意図せざる結果ってやつだな。銃口を突きつけられて渡された「命の水」が、のちに樽いっぱいの金に化けたってわけだ。乾杯
・ジョセファス・ダニエルズには感謝したくないね!!
※Josephus Daniels(ジョセファス・ダニエルズ)は、アメリカの重要な歴史人物。第41代アメリカ海軍長官で、米海軍の艦艇・施設での飲酒を全面禁止しました。これは後の禁酒法(Prohibition)につながる動きでした。上記コメントは、禁酒方針を海軍に押し付けた彼への皮肉で、この「酒禁止令」は、海軍部隊に大きな影響を及ぼし、アイスクリームが代替品として重用されるきっかけにもなりました
・もし中国がサンフランシスコ湾に艦隊を送り込んで「もっとマシな貿易条件を出せ」と言ったら、アメリカ人の反応はどうなるかな…
・すごく「ぼかした」歴史要約だな、これ(笑)
・どんな酒でも、サキ(日本酒)よりはマシだよ
・@japan どういたしまして
・USSススケハナを復活させようぜ。今のT-AO-212の名前を変えるべきだ。軍艦に「覚醒正義」なんて名前は必要ない
・ヘビ入りの泡盛「ハブ酒」まで作っちゃうなんて、やりすぎだろ(笑)
・赤ワインとウイスキーばかり飲んでた
金はたくさんあったけど、全部使い果たした 💲 🍾 💲
今夜は君を誘いたいけど、財布はカラだ 💲
赤ワインとウイスキー、そればっかりだった ― ずっとな 💲 🍾 💲
(酔っ払いの詩)